はじめに
今回は“臨床に繋がる有機化学“のテーマで マイケル付加 (Michael付加) を紹介します。
薬剤師国家試験の実践問題でも問われているので受験生は復習しておきましょう!
また、薬学生だけでなく、薬剤師の中にも薬学部で学ぶ化学を実践で活かしづらいと感じてる方は多いと思いますが、考えるキッカケにでもなれば嬉しいです。
マイケル付加 (Michael付加)
マイケル付加はα,β–不飽和カルボニル化合物に求核剤が共役(1,4–)付加する反応です。
細かい部分には触れませんが、チオール基(–SH基)などの柔らかい求核剤はカルボニルに隣接した電子密度の低いβ炭素に共役付加しやすい性質があります。
この性質を上手く利用した薬剤や生体内反応があり、国家試験でも出題されているので紹介していきます。
マイケル付加 ①:アセトアミノフェンの肝毒性と解毒機構
アセトアミノフェンの代謝
アセトアミノフェンのほとんど(約95%)はグルクロン酸抱合(約65%)や硫酸抱合(約30%)を受け排泄されます。
一部(約5%(〜10%))はCYPで代謝され、CYP2E1が関与します。
過量摂取や大量のアルコール常飲者では解毒のためのグルタチオンが消費され不足したり、CYP2E1の誘導などによりN-アセチル-p-ベンゾキノンイミン(NAPQI)が生成、蓄積しやすくなります。
そしてこのNAPQIが後述する肝毒性に影響します。
N-アセチル-p-ベンゾキノンイミン(NAPQI)の肝毒性と解毒機構
NAPQIによる肝毒性と解毒のメカニズムは同じで、肝細胞の酵素・タンパク質の-SH基と反応すれば肝細胞の機能低下を招く”肝毒性”、グルタチオン抱合(-SH基と反応)を受ければ排泄に向かう”解毒”となります。
肝細胞の酵素・タンパク質、グルタチオンはいずれもアミノ酸で構成され、システイン(Cys)の-SH基を含むので、NAPQIはマイケル反応受容体となります。
NAPQIはグルタチオン抱合を受けた後、メルカプツール酸に変換され排泄されますが、ここでグルタチオンが不足するとNAPQIを解毒できずに生体内タンパク質Cys残基の-SH基がマイケル付加し、肝細胞の機能低下を招く肝毒性が現れます。
アセトアミノフェンの急性中毒にN-アセチルシステインが用いられるのも、-SH基を持ち、グルタチオンの前駆体としてNAPQIが肝細胞タンパク質の-SH基と反応しないようにするためと理解できますね。
第102回薬剤師国家試験 実践問題 問208-209 ( マイケル付加 )
薬剤師国家試験でもこのマイケル付加の部分が出題されています。
正答:問208→3 問209→4
グルタチオンの化学構造式もチェックです!
グルタミン酸(Glu)–システイン(Cys)–グリシン(Gly)のアミノ酸で構成されるトリペプチドです。
マイケル付加 ②:アクロレインによる出血性膀胱炎の予防
ナイトロジェンマスタードとアクロレイン
ナイトロジェンマスタードは世界大戦中のマスタードガスをヒントに開発が進み、誘導体化された抗がん剤のシクロホスファミドやイホスファミドなどがあります。
シクロホスファミドなどは体内で代謝され抗がん作用を発揮する化合物に変化する過程で、アクロレインという副産物が生成します。
このアクロレインが尿路上皮細胞を障害し、出血性膀胱炎の原因となることからメスナと反応させて尿中排泄させます。
メスナはチオール基を持ち、α,β–不飽和カルボニルを持つアクロレインに共役付加し、水溶性が高まった化合物となり尿中に排泄させやすくします。
第102回薬剤師国家試験 実践問題 問206–207 ( マイケル付加 )
第102回薬剤師国家試験でこの反応の問題が出題されています。
正答:問206→3, 5 問207→1
問206選択肢5で、頻回かつ大量の水分摂取が必要なのも、メスナとアクロレインの反応生成物を速やかに尿中排泄させるためと考えることができますね。
この反応生成物は水溶性の高いスルホン酸Naを持つイオン性化合物で、アクロレインだけの時に比べ尿中へ溶けやすくなります。
マイケル付加 ③:アファチニブ(ジオトリフ®︎)のEGFRチロシンキナーゼ不可逆的阻害
ここでのマイケル付加は作用機序にも表れます。
アファチニブは構造式にα,β-不飽和カルボニルを持ち、EGFRチロシンキナーゼ(酵素)のCys残基-SH基とマイケル付加反応します。
代謝過程でも、CYPなど酵素による酸化的代謝はほとんど受けず、主要な代謝物はグルタチオン抱合などによるマイケル付加体のようです。
アファチニブのマイケル付加は国家試験ではまだ問われていません(2023.1現在)が、有機化学と実務の総合問題として取り扱いやすそうですね。
最後に
いかがでしたか?
今回は臨床へ繋がる有機化学の例として、国家試験でも問われているマイケル付加について紹介しました。
化学の臨床応用は薬学教育の課題でもあるので、薬学生や薬剤師にとって考えるきっかけになれば幸いです。
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